U2

U2のメンバーのプロフィールや個性的な性格を徹底解剖!

U2の結成は、かつてその市街戦もあったアイルランドの首都ダブリンでした。
当然、内紛からは50年近く経ってはいますが。

当時まだ高校生だったメンバーは1枚の貼紙をきっかけに集まりました。
そしてバンドを結成。
その後の道のりは簡単なものではなく、売れない苦悩、サウンドの変化、解散の危機と試練の続く長い道のりでした。

しかしその間、脱退、変更なく結成当時のままのメンバーで活動。世界的にも稀な事です。
そしてキャリアは35年以上になりました。

宗教論争、反核運動、アパルトヘイトなどの人権問題、薬物依存などをテーマにした楽曲を発表し、チャリティーや慈善事業に関するライヴ参加など精力的に活躍を続けています。

世界最高峰と言われるバンドになったU2。
そんなU2のメンバーの魅力を余すこと無く紹介してみたいと思います。


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U2の母国アイルランドの歴史をちょっと

U2
出典:http://www.universal-music.co.jp/u2/

U2の母国アイルランド。
アイルランドと言えばギネスビールとフィッシュアンドチップス。
いいですねぇ!休日の昼間から一杯なんてのもオツなもんでして。・・・へっへっへっ

ちょっとその前にざっとアイルランドの歴史について。
アイルランドは混迷した歴史を持つ国です。
イギリスの隣に浮かぶアイルランド島を領土とするも、イギリスの植民地化されていました。

1919年にアイルランド独立戦争でイギリスから独立をしますが、北部にある6つの州だけはイギリス側に留まる事になりました。
この結果、独立賛成派と反対派によるアイルランド内紛が起こります。

アイルランド統一を目的とした団体IRAによるテロが頻発しました。
また、これにはキリスト教の宗派による対立という要素も含まれていて、北部6州のプロテスタント系とアイルランドのカトリック系という構図でした。

内紛は北アイルランドに限らず、ダブリンの市街戦やイギリスにまで広がりました。
1997年の停戦合意、2005年の武装解除と平穏を取り戻してはいますが、今なおIRA暫定派の思想は残存しています。

以上歴史の講義でした。
チョット頭の隅にでも置いといてください。
まったく。ビールだけじゃないんだよ!コラッ!

それではメンバー紹介に参りましょう!

Bono (ボノ)

本名・Paul David Hewson(ポール・デイヴィット・ヒューソン)
担当:ヴォーカル・ギター
生年月日:1960年5月10日

U2のフロントマンであり、その存在感は「U2と言えばボノ」というほど圧倒的です。

バンド結成時、楽器担当を決めるにあたって、本人はギターを担当したかったが、ギターを持ってなかったのでヴォーカルになったというエピソードがあります。
高校生バンドらしい発想ですが、運命だったのですかね?

今では「例えれば自分の役割は『U2の心』だ」と本人自身が述べているように、U2の精神性はまさにボノが代表していると言っていいでしょう。
ヴォーカルで正解でした。

ちなみに「ボノ」とはやかましいほど声がデカい事を例えたあだ名で、ダブリンにある補聴器店「ボノヴォクス」に由来していると言われています。

ボノは1960年アイルランドのダブリンで、カトリックの父とプロテスタントの母の間に生まれました。
前述の通り、アイルランドではかつて対立する宗派でした。

けれども逆にそのせいでしょうか、ボノは対立ではなく人種を超えた理想主義者になったと言われています。
その理念は後にU2の歌詞や活動に反映していきます。
U2がよくチャリティーや慈善事業に参加するのもこういった背景があるからでしょう。

また、バンドとしてのグラミー賞受賞はよく知られていますが、実はボノ個人もノーベル平和賞の候補に3度選出されました。
AIDS対策プログラム支援ブランド「RED」を設立したりと、U2とは別に社会的貢献に力を入れています。

U2以外の個人活動も、ボブ・ディラン、レイ・チャールズ、ミック・ジャガー、キース・リチャーズ、スティービー・ワンダーなどとの共演やゲスト参加、カヴァーや楽曲提供など幅広く活動しています。

東日本大震災の支援アルバムにも楽曲を提供しています。
やはりその存在感と影響力は絶大で稀に見るミュージシャンであると言えるでしょう。

The Edge (ジ・エッジ)

本名・David Howell Evans(デイヴィット・ヒューウェル・エヴァンス)
担当:ギター・ピアノ・ヴォーカル
生年月日:1961年8月8日

U2のサウンドを確立した世界的なギタリスト。
両親はウェールズ人でイギリスロンドン生まれ。
幼い頃にアイルランドのダブリンに移住しました。

それまでは、速弾きなどのテクニックや技量で評価されていたギタースタイルに、エフェクターを駆使したプレイで革新を起こしました。
ディレイを使用したカッティング、アルペジオ、ハーモニクスで独特な音色を響かせ、ギターのイントロだけでもU2と分かるほどの個性的な音を創り出しました。

1976年、高校の掲示板にドラムのラリーがバンドメンバー募集の貼り紙を出したときに、兄ディックと共にバンドに参加します。
後にディックはコンピューターサイエンスに興味を持ちバンドを脱退、政府から給料を貰って大学へいくほどの秀才だったそうです。
弟のジ・エッジもIQが高いことで有名です。

「ジ・エッジ」という名前もボノと同じく、あだ名で顔や鼻が尖っているからというのでボノが名付けたそうです。
またボノはエッジのことを「U2の頭脳」だと表現し、そのサウンドに対しての絶対的な信頼を寄せています。

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Adam Clayton (アダム・クレイトン)

本名・Adam Charles Clayton(アダム・チャールズ・クレイトン)
担当:ベース
生年月日:1960年3月13日

U2のサウンドの要、ベース担当。
両親はイギリス人でイギリス生まれ。

少年期にアイルランドに移住し、同じく貼り紙を見てバンドに参加しました。
その時に練習の為のアンプを持って来たために、そのままのベース担当になったそうです。

幼少期にはケニアに居た事もあって、そのせいかメンバー唯一の無神論者です。
アダム以外のボノ、エッジ、ラリーは敬虔なクリスチャンで一時期キリスト教圏でスピリチュアルブームが起こった時に、それに傾倒しかけたバンドの行く末を懸念していたという話もあります。
無神論者というスタンスが、バンド内としてはバランスを保ったのです。

またアダムはロックスター的な逸話の持ち主で、飲酒運転や大麻吸引、女癖の悪さなどで度々問題児ぶりが露呈されています。
ロックとしては必要不可欠な要素ですね(笑)。
U2がU2である為に欠かせない一人です。

Larry Mullen, Jr. (ラリー・マレン・ジュニア)

本名・Lawrence Joseph ”Larry” Mullen, Jr.(ローレンス・ジョセフ“ラリー”マレン・ジュニア)
担当:ドラム
生年月日:1961年10月31日

U2といえばボノやエッジが取り上げられますが、実はラリーがいなければ存在していなかったかもしれません。
貼り紙を張った張本人ですから。
ある意味本当のリーダーですよね。

ボノと同じダブリン出身で幼い頃からドラム教室に通い、U2結成前にはマーチングバンドや郵便局のアマチュアバンドに所属していました。
その頃すでにアイルランド中を回って演奏していたらしく、キャリアとしてはU2の中では一番長いかもしれません。

インタビューが苦手で寡黙な印象ですが、実はおしゃべりだとも言われています。
えらく男前で女性ファンの人気も高いですが、ドラミングも素晴らしく、タイトで正確。
やはり色々なバンドで培われたリズムはU2のロックを支える基本です。

まとめ

1960年前後に生まれたほぼ同級生のメンバー達と1976年にバンドを結成。
1980年にデビューしたU2。
根っからのアイルランドっ子だったり、イギリスからの移住だったりの4人です。

最初は「働きたくないし、言いなりになりたくない。ロックで売れて見せる!」といった当時ありがちな動機だったとボノは言いました。
しかしアイルランドからイギリス、そしてアメリカへと活動を広げていくにつれ、アイルランドへの回帰とも取れる時期があります。

幼い頃に見聞きしたであろう北アイルランドでの「血の日曜日事件」やIRAのテロ事件など、ボノ自身は多くを語りませんが、そういった経験が人格形成の一部を成していて歌詞やメッセージに反映されているように思われます。

華やかな成功とそれにまつわる浮いた話がつきまとい、見た目だけで捉えられがちな音楽シーン。
でもチョッとだけその人物の生い立ちや、彼らを取り巻く環境、時代背景を見ることで何か見えてくるものがあります。
そういった視点から音楽を改めて聴いてみるのも面白いと思いますよ。

さてさて前置きが長くなり過ぎたけど、忘れてた!まずは、とりあえずビール、ビール!
飲みながらU2でも聴きましょうか?へっへっへっ。

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