YMOがいかにスゴかったか?坂本龍一以外もメンバー紹介してみる

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「果たしてみかんはあったのか?」

1978年2月19日。3人の男がコタツを囲んでいました。
“夢”が書き綴られたノートと、おにぎりを前にして。 その男達とは?  

後にYMO (イエロー・マジック・オーケストラ)として名を残す、細野晴臣、高橋幸宏、坂本龍一の3人でした。
結成時の逸話です。

ここで問題なのは、その時同じこたつの上に“みかん”が有ったのか、無かったのか?
3人の記憶はバラバラで一致していません。うーん。由々しき問題。・・・何が?

上述のように1978年に結成されデビューアルバムを発売。
その後海外でのツアーを敢行。
そしてこの海外での評価を手に、日本へ帰国。

まさに逆輸入の形で注目されていったYMO(イエロー・マジック・オーケストラ)。
当時では斬新だったコンピューターとシンセサイザーを駆使した演奏。
YMOのサウンドは歌謡曲全盛のこの頃、かなりの衝撃と称賛を持って受け入れられ、あっという間に一大ブームを巻き起こしました。

その後の音楽界にも、多大な影響を与えたYMOのアプローチはまさに“革命”とも言えるものでした。
そんな偉大な功績を残した3人、結成から40年を経た今、大御所と言われながらも、益々活躍しているというのも“革命”と言えるのでは?

そんなYMOのメンバーの魅力を余すこと無く紹介してみたいと思います。

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細野晴臣 (ほその はるおみ)

担当:エレキベース・シンセベース・ヴォーカル
生年月日:1947年7月9日

中学校時代にロックに傾倒しギターを手にバンドを組みます。
更に高校時代にフォークブームが起こり、ボブ・ディランに影響されヴォーカルをするようになります。

立教大学在学中にベースを始めエイプリール・フールのベーシストとしてデビュー。
その後、大滝詠一、松本隆、鈴木茂らと共にはっぴいえんどを結成します。

このバンドは“日本語のロックの創成期”を担ったグループとして評価されました。
今でも数多くのミュージシャン達によってカヴァーされることも多く、「風をあつめて」などの曲が有名ですね。

はっぴいえんど解散後はソロ活動と並行して、林立夫、松任谷正隆らとキャラメル・ママを結成。その関係から、荒井由実(後に松任谷由実)などのプロデュースを行なったりしました。
そして1978年YMOを結成。

リーダーとしての戦略と先見性は的中し、世界的な知名度を得る事になりました。
1983年にYMO散開(解散)。

その後は作曲家、プロデューサーとして活動し、映画音楽を手掛けたりしました。
また、ワールド・ミュージックやアンビエント・ミュージック(環境音楽)にも傾倒し、アルバムを発表するなど注目を集めました。

2002年、高橋幸宏とスケッチ・ショウというユニットを結成。
新しいテクノサウンドを展開、存在感を示しました。坂本龍一ともコラボレーションし、ヒューマン・オーディオ・スポンジ(HAS)としても活動しました。

現在、京都精華大学ポピュラー・カルチャー学客員教授を務め、2008年芸術選奨文部科学大臣賞を受賞。多方面に渡り活躍中。

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高橋幸宏 (たかはし ゆきひろ)

担当:ドラムス・ヴォーカル
生年月日:1952年6月6日

小学校時代からドラムを始め、高校時代にスタジオミュージシャンとして活動を開始します。
1969年フォークグループ「ガロ」のバックバンドを務めるも、歌謡曲路線に合わず脱退します。

1972年武蔵野美術大学在学中に、加藤和彦の誘いを受け、サディスティック・ミカ・バンドに加入。
このミカ・バンドは、ロキシー・ミュージックの全英ツアーのオープニングアクトを務めた事もあって、特にイギリスでは高い評価を得ました。

ミカ・バンド解散後、サディスティックを経て、ソロ活動を開始した頃、細野晴臣の誘いを受けてYMOに加入。
コンピューターのカウントと同期したドラムで、グルーブ感を生み出す初めてのドラマーとして認知されていきます。

坂本龍一の勧めもあり、ヴォーカルを始め、YMOでは大半の曲でリードヴォーカルを担当します。

また、当時デザイナーとしても有名で、自身のブランド「Bricks」や「Bricks-MONO」を立ち上げており、その関係でYMOのステージでの衣装を手掛けたりしました。

更に、今や“世界のサカモト”となった坂本龍一もデビュー時はファッションに無頓着で余りの酷さに、高橋幸宏が大量の服を用意し、指南したと言われています。

1981年にはムーンライダースの鈴木慶一とのユニット、ビートニクスを結成。独自の音楽路線も展開させていきます。
YMO散開(解散)後は更にソロ活動を進展させていき、後にサディスティック・ミカ・バンドの再結成やYMOの再結成などにも参加しました。

現在、シンガーソングライター、作詞作曲家、音楽プロデューサーなどとして多岐にわたり活躍中。

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坂本龍一 (さかもと りゅういち)

愛称・教授
担当:キーボード・シンセサイザー・コーラス
生年月日:1952年1月17日

当時通っていた幼稚園に、ピアノを習うという必須科目があったため3歳からピアノを弾き始めます。
10歳の頃には作曲を学び始め思春期にはドビュッシーとバッハに影響を受けたというエピソードがあります。

高校時代にはジャズを聴くようになり、更に学生運動にも、のめり込んで行きます。
2015年の安倍政権による集団的自衛権や改憲のデモに参加していますが、この頃の活動体験が大きく影響していると思われます。

他にも、反原発や地雷除去など政治的活動にも積極的です。
そして1970年東京芸術大学入学、作曲を専攻します。

その間、クラッシック以外に民族音楽学の知識や思想に影響を受けて行きます。
作曲科を卒業後、同大学院音響研究科修士課程を修了。

1975年、友部正人の楽曲にピアノで参加、スタジオミュージシャンとしてスタートします。
その後大滝詠一や山下達郎のアルバムにも参加しキャリアを重ねていきます。

1978年細野晴臣のアルバム「はらいそ」に参加、その時に細野晴臣から誘いを受けてYMOを結成する事になります。
また、YMOの活動と並行してアルバム「千のナイフ」を発表し、ソロデビューも果たします。

1979年にはサーカスの「アメリカンフィーリング」のアレンジを手掛け、日本レコード大賞編曲賞を受賞。

1982年にはRCサクセションの忌野清志郎と「い・け・な・いルージュマジック」をリリースし、派手な衣装と過激なパフォーマンスで注目を集めました。
翌1983年には大島渚監督の映画「戦場のメリークリスマス」に出演し、デヴィッド・ボウイ、ビートたけしらと共演、映画の音楽も担当します。

この事がきっかけで映画「ラストエンペラー」のアカデミー賞作曲賞受賞へと繋がる事になります。
そしてこの年YMOは散開(解散)します。

YMO時代の活動では中期頃の細野晴臣との不仲説は有名で、顔を合わさないように時間をずらしてスタジオ入りして録音をしていたというエピソードもある程でした。
そしてこの2人の間を取り持っていたのが、高橋幸宏だったというのもYMOならではの話です。

もちろん音楽に対する考え方の相違が原因で、年月を経た今では思い出話の程度で何の問題もありませんが。
その後は作曲家、編曲家、ミュージシャンなどの多岐に渡る活躍で、世界的にも有名な日本人の一人です。

まとめ

結成そしてデビューから40周年を迎えたYMO。
今でも多くのミュージシャン達にリスペクトされ、その楽曲の数々はカヴァーされたりしています。

これだけの3人が創り出したサウンドなので当然、そのクオリティーの高さを含めて新たに再評価されたりもしています。

コタツを囲んで、おにぎりを食べながら「それじゃやってみようかな」的な話から始まったYMO。
「実験的なユニット」であり、あくまでそれぞれが個人でも既に成立していた、才能ある若き3人。
現在でもそれぞれが活躍し、影響を与え続けています。

また、YMOとしては再結成したり、コラボレーションという形で不定期に存続しています。
もしかしたらYMOとは3人が寄れば、それだけで既に成立する運命共同体みたいなもので、ピリオドが打てるようなものではないのではないでしょうか。

そう、もしかしたらYMOとは「おにぎり」で巡り会い、「コタツ」でセッションし、その活動は3人がいる限り『未完(みかん)』なのでは?

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この記事の著者

bandanakunライター

かつて歌って踊れる料理長。
今は些細な事でつまづきよろめくダメおやじ。
消え入りそうな記憶を頼りに記事を執筆。お見知りおきを。

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